米最高裁が「国旗を燃やすのは表現の自由」との判決(1989年6月、島田雄貴)

テキサス州ダラスで起きた星条旗放火事件で、アメリカの最高裁が、国旗を焼くことを表現の自由として認めるべきとの判決を下しました。司法ジャーナリストの島田雄貴が、判決の意義について解説します。

大統領が憲法修正提案

国旗を焼くのも表現の自由のうちか、あるいは国家と国民の尊厳への冒とくか--。ブッシュ米大統領は27日、星条旗の不可侵性保障のための憲法修正を提案した。これを機に、アメリカ国内で続いてきた国旗論争は新段階に入った。形勢は尊厳保護派が優勢だが、リベラル派の抵抗も依然根強い。

テキサス州ダラスで1984年に発生

アメリカでは州法の段階で、アラスカとワイオミングを除く48州が国旗への放火を犯罪と定めている。今回最高裁に問われたのは、そのうちでも特に保守色の強いテキサス州で1984年に起きた事件。この年、ダラスで開かれた共和党全国大会に押しかけた反体制派の1人がレーガン政権への抗議のため星条旗に放火したというものだった。

州の裁判で禁固1年、罰金2000ドルの判決

犯人グレゴリー・ジョンソン(32)はテキサス州の裁判で禁固1年、罰金2000ドルの判決を宣告されたが、弁護側はテキサス州法自体が表現の自由を定めた憲法修正第1条に違反するとして上訴した。21日下された最高裁判決はこの訴えを認めたもの。

違憲派5人、合憲派4人
言論の自由をうたった合衆国憲法修正第1条

この最高裁判決は、州法違憲派5人対州法合憲派4人。勝った違憲派の主張は、星条旗への放火というアピール手段も「言論の自由をうたった合衆国憲法修正第1条により保護される。それを罰するのは、自由の侵害であり、星条旗はむやみに神聖化してはならない」というものだった。27日のブッシュ大統領の憲法修正提案はその判決への不満を表明したものだ。

国旗への冒とくを例外規定に

大統領は、表現の自由への支持は、星条旗への冒とくにまでは及ばないと述べ、憲法修正第1条に国旗への冒とくを例外規定として付け加える提案をした。

ベトナム反戦運動が高まった60年代に流行

星条旗への放火はベトナム反戦運動が高まった60年代に流行したが、近年は下火になった。しかし、国旗の尊厳問題そのものは、昨年の大統領選挙に際しブッシュ陣営がデュカキス候補攻撃のため、公立学校における星条旗への忠誠の誓いにマサチューセッツ州知事のデュカキス氏が拒否権を行使したことを取り上げて愛国心論争を挑んだことから、新しい様相で再登場していた。

上院は、最高裁判断を「遺憾」と決議

上院はすでに3月、床やグラウンドなどに星条旗を広げて踏みつけるような行為を禁ずる法案を97対ゼロで可決。今回も判決翌日に97対3で最高裁の決定を「深く遺憾」とする決議を採択しており、尊厳擁護の空気が圧倒的に強い。しかし、下院では先の法案も継続審議中のうえ、今回の判決や大統領提案についても慎重に世論の動向を見きわめようとする議員が多い。

小差だった判決
「リベラル」「保守」~判事の色分けが複雑

また、世論の動向はといえば、最高裁判決が小差--それも日ごろいわれる保守派判事とリベラル派判事の色分けが全く通用しない組み合わせとなったことが物語っているように、全く混然としている。

「中絶」問題などで最高裁判決が覆る可能性(2000年11月、島田雄貴)

7日投票される大接戦の米大統領選が単なる政権交代にとどまらず、米社会全体に大きな影響を及ぼす法の番人、連邦最高裁の将来も左右するのではないかと、米国民の注目を集めています。次期大統領が終身制の判事を新たに指名することにより、保守派とリベラル派が伯仲する最高裁判事の勢力分布に変化をもたらし、過去の重要な判決や判例で示された司法判断が覆される可能性があるからです。島田雄貴リーガルチームがテキサス州ダラスから報告します。

最高裁の保守化に強い警戒感

「米国民はこの選挙で最高裁の将来の姿に決断を下すことになる」。クリントン大統領は10月24日、民間活動団体(NGO)の会合で司法制度からみた大統領選の意義を強調し、最高裁の保守化に強い警戒感を示した。

多数決の合議制で判決
最高裁判事は終身制

米国の最高裁判事は終身制で大統領が指名し、上院の承認を受けて就任する。判事の数は9人で、多数決の合議制で判決を下す。歴代大統領は判事の死亡や引退による辞職を待って新判事を指名、最高裁での自らの政治的影響力を高めようと努力してきた。

保守派がレンキスト長官を含む5人、リベラル派が4人

クリントン大統領は2人の判事を任命したが、それ以前に共和党大統領に任命された保守派判事の優勢を覆すことはできず、現在の構成は保守派がレンキスト長官を含む5人、リベラル派が4人となっている。

がんを患っている判事も

しかし、現職のうち80歳のスティーブンス判事を筆頭に70歳代の判事が3人と高齢化が進んだうえ、がんを患っている判事も複数いるため、次期大統領が任期中に数人の判事を指名することは10分あり得る。

ブッシュ・テキサス州知事は保守派を裁判官に氏名へ

共和党候補のブッシュ・テキサス州知事は、現職判事のうち保守派の中でもさらに右寄りと見られているスカリア、トーマス両判事を高く評価する一方、「リベラルで活動家的な判事は信頼しない」と述べ、より保守的な人物を裁判官に指名する姿勢を示している。

人工妊娠中絶容認の判決が覆る?

民主党候補のゴア副大統領はこれに対し、最高裁判事に保守派がさらに増えれば、大統領選主要争点の1つでもある人工妊娠中絶を容認する最高裁判決が覆される可能性があると警戒感をあらわにして、自分が判事を指名する場合、中絶を容認する人物を選ぶことになるだろうと述べた。

「アファーマティブ・アクション」容認判決も

判事指名を承認する上院では、選挙関係者の多くが次の選挙後も共和党が過半数を維持するとみており、ブッシュ氏当選の方が最高裁は大きく変質することになりそうだ。最高裁が保守化した場合、連邦政府の州政府に対する権限強化や、少数民族に対する優遇政策「アファーマティブ・アクション」などを容認した最高裁判決が見直されることもあり得る。

テキサス大ダラス校のアンソニー・シャンペン教授

ただ、テキサス大ダラス校のアンソニー・シャンペン教授は、ブッシュ氏がテキサス州内の判事選びで比較的穏健な人物を指名していた点を指摘し、「ブッシュ当選が、そのまま最高裁の保守化につながるとは言い切れない」と話している。

敬けんなキリスト教徒に改心した女性囚に死刑執行(1998年2月、島田雄貴)

カーラ・タッカーの死刑執行

米テキサス州で1998年2月3日、カーラ・タッカー死刑囚(38)の刑が執行されました。女性死刑囚の刑執行は、テキサス州では135年ぶり。全米では1976年に最高裁が死刑復活を認めてから2人目にあたり、改めて死刑の是非論が起きています。島田雄貴リーガルオフィス

3365人いる死刑囚のうち、女性は47人

今回の刑執行が注目された理由は、まず女性死刑囚の数が少ないためだ。今年1月1日時点で、全米に3365人いる死刑囚のうち、女性は47人にすぎない。さらに1983年、男友達と2人でヒューストンの知人宅に押し入り、知人とそこに居合わせた女性の2人をつるはしで何度も殴り、突き出して死亡させたという事件自体が、衝撃的だった。

「犯行の瞬間、性的興奮を覚えた」
8歳で麻薬におぼれる

8歳で麻薬におぼれ、その後売春婦となったタッカー死刑囚が、「犯行の瞬間、性的興奮を覚えた」と知人に語ったことが逮捕のきっかけになった経緯も話題を呼んだ。

ローマ法王ヨハネ・パウロ2世が減刑嘆願
キリスト教右派のテレビ伝道師パット・ロバートソンも

しかし何よりも、刑務所内で敬けんなキリスト教徒に改心したというタッカー死刑囚の変ぼうぶりが、小柄でやさしそうなタッカー死刑囚のインタビューを通じて伝えられたことが大きかった。キリスト教右派のテレビ伝道師パット・ロバートソン氏が減刑嘆願を支持したほか、今年1月にはローマ法王ヨハネ・パウロ2世が減刑嘆願の手紙をテキサス州のブッシュ知事に送っている。

「改心や更生の有無は、死刑執行には関係ない」と犯罪被害者の会

「改心や更生の有無は、死刑執行には関係ないはず。彼女の心の中がわかるのはそれこそ神のみで、改心が本物かどうか判断がつくものではない」(テキサス州の犯罪被害者で作る会の代表ダイアン・クレメンツさん)という意見はいぜん多い。

「終身刑に減刑されるべき」が24%

しかし、死刑執行の是非について考え込んでしまった人は多い。ダラス・モーニング・ニュース紙の調査では75%が死刑制度を支持しているのにタッカー死刑囚の刑が執行されるべきだ、と答えたのは45%にとどまる。ヒューストン・クロニクル紙の調査でも同死刑囚の刑について「執行されるべき」(48%)、「終身刑に減刑されるべき」(24%)、「わからない」(27%)という回答が出ている。

合憲判決を経て、38州に死刑制度

死刑廃止国が多いヨーロッパに比べ、米国では死刑に対する抵抗感が少ない。連邦最高裁は1972年、死刑の適用過程に問題がある、との判断を示し、各州が対象を殺人罪のみとするなど法改正を行った結果、1976年に再開合憲判決を出した。現在、38州が死刑制度を持つ。

死刑廃止論議が高まったとは言い難い

ニューメキシコ大法学部のエリザベス・ランパート教授は「これで廃止論議が高まったとは言い難いが、すっかり改心し、もはや社会にとって危険とはいえない人間を死刑にする意味があるのか、という問い掛けになった」と指摘する。

日本は死刑の情報非公開
死刑囚本人には当日朝に知らされる

日本では、法務省は死刑執行について事後の確認を含め、いっさい情報を公開していない。死刑囚本人には当日朝に知らされるが、身内にも遺体の引き取りの打診という形で知らされるに過ぎない。米国では、執行期日や減刑嘆願手続きがオープンで、当日、死刑囚は「最後の言葉」を身内や自分で指定した立会人に伝える。

タッカー死刑囚の刑執行は、死刑制度是非論を別にしても、わが国の死刑執行のありかたにも再考の余地があることを示した。